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アファンの森で思ったこと。 中谷でべそ
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私は神奈川県で高校の教員をやっています。2学年の担任をした時、修学旅行で沖縄に行きました。平和、文化、自然についての事前指導を多角的に行い、生徒たちから「先生、旅行に行く前にこんなに知ってしまったら、もう行く必要がないじゃないの」と皮肉を言われたりもしました。しかし、旅行から帰って来た時の生徒の反応は「頭で思っていたこととは全然違った。実際に目で見て、耳で聞いて、空気を感ずることがどれだけ大切なことなのかがよく分かった」「学習していなかったら通り過ぎていたかもしれない。一つ一つを見過ごすことができず、じっくりと見てしまった」という声が圧倒的でした。私は、そんな生徒たちの思いを一冊の文集にしました。以下に紹介するのは、その文集のまえがきとして私が書いた文章です。
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雑木林が好きだ。春は新緑と花を楽しみ、夏は木漏れ日の眩しさで遊ぶ。秋は紅葉と落ち葉を楽しみ、冬は落ち葉を踏みながら明るい林を歩く。そこでは、いろいろな樹木が入り交じって生長し、お互いに影響し合って生きている。枝葉はそれぞれ競い合っているようにも見えるし、遠慮し合っているようにも見える。
単一の針葉樹林はいけない。国有林では、同じ形の樹木が整然と並んで植えてあったりする。そこでは匂いが一種類だ。その点、雑木林では様々な匂いがする。実にいい。
雑木林では様々な落葉があり、地中には様々なバクテリアが生息する。バクテリアにも好みの葉があるらしく、落葉樹の種類が多ければ多いほど、バクテリアの種類も多いという。バクテリアの種類が多ければ多いほど、地中で分解されるものも多くなり、それを再び植物が吸収して雑木林が元気になるということだ。単一の針葉樹林ではこのような循環が起きにくく、だんだんと森林が衰弱していくのだそうだ。
この修学旅行の感想文集を編集して思った。この文集は雑木林だ。生徒たちは、修学旅行、沖縄、戦争、平和、自然、友情について、実に様々な感想や考えを持っている。修学旅行の取り組みで少し考え方が変わったという者もいれば、何も変わらなかったという者もいる。戦争に反対だという人もいれば、戦争も必要なのではないかという人もいる。
いいんだ、それで。
皆が皆、同じ考えを持っていたら、それは単一の針葉樹林と同じ。同じ匂いしかせず、学校は衰退していく。
この雑木林(感想文集)を楽しんでほしい。新しい発見があるかもしれない。後半の老木からも何か学ぶこともできるかもしれない。
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ちょっと解説をしますと、「後半の老木」というのは私たち教員のことです。
さて、いかがでしたか? どこかで聞いた話でしょう? そうです。アファンの森でニコルさんと松木さんに教えていただいたことです。この雑木林の話が、私は大好きです。
ところで、文化、芸術、学問、…、それぞれが雑木林みたいなものではありませんか?お互いに影響し合って、一つのものを形作っているのです。単一の文化、芸術、学問では、豊かな発展は期待できないでしょう。近年、一国の強国の政策・文化による支配や経済優先という単一の政治判断などで、世界中が貧弱化していっているように感じられるのですが、それは私だけでしょうか。
さて、私の、アファンの森で集う会への参加も今年が4年目になります。今回、ペンション「竜の子」に集った人たちを見ていて、強く思ったことがあります。
理学、デザイン、語学、経済、薬学、教育学、音楽、美術などを学び、これから大きく伸びようとしている青年たち。落語家、芸術家、鞄職人、土木家、経営者、教員など、その道の専門家たち。一仕事を終えたが、しかし、まだやらなくてはならないと、決して休むことを止めない人生の大先輩たち。この集団は、まさに雑木林ではありませんか。
雑木林に集った雑木林です。
小さいけれど、この雑木林を育てませんか? 後6年後、それぞれの人生は大きく変わっているかも知れません。しかし、アファンの森、そして我々雑木林は年々豊かになっていくことでしょう。なぜなら、森には育む力があるからです。
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