町工場二階空目薬工房

KOICHI FURUYAMA


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C.W.ニコル講演「捕鯨調査と庄司船長の思い出」(3)

その先生が、デボン島の探検に行った。夏に、ベースキャンプからデボン島の北の海岸を4日間歩くことになったんです。地図を見て、ラウダ先生がここに昔から人が居ただろうと思ったんですね。4日間歩くというと、半分以上崖だったんですよ。山登りみたいなことをして、崖の上を歩く。崖の上に深いクレパスがあるから、恐らくその上から歩くと危ない。でも、その時期はまだ崖に氷が付いてたんです。

満潮、干潮で海の氷は動くけど、崖とくっ付いている部分の氷は動かない。氷棚って言いますね。だから僕は隊長と話をして、「氷棚を歩いたらまだ大丈夫だと思う。」と。そして、一ヶ月位したらこの氷棚は崩れるけど、雪解けの水で海の氷と陸の間に水路が出来るから、そうするとカヤックで通れるでしょうと判断したんです。そして、我々はベースキャンプからだいたい各々60〜80キロの荷物を背負って、4日間歩いたんです。3人で色々な物が必要でしょ?やかんとか鍋とか、テントとか。それに各々でシェラフとか。でも、先生は典型的な天才で、テントとかシェラフとかそういうものを考えられないのよ。「1万年前の人間がどうやって動いていたか。」これを想像するだけ。だから、私は荷物を分けたの。私は鉄砲と弾も背負って一番重かった。だって、越冬隊の経験があったし、元プロレスラーだったしね。先生はガリガリで、彼の学生もひょろひょろ。頭は良かったけど天才バカね。

その学生に3日間の食料を「お前が考えて運んでよ。」と言ってあったの。とにかくあいつは食べ物の事しかしゃべらないし、すっごい食いしん坊だから、3日間の食べ物の事を任せたらいいと。ベースキャンプでは大抵何でもありましたね。だから私は一日分のサンドイッチだけを作って、ティーバッグを持って、砂糖を持って行きました。出発して歩いている内に暖かくなったから、氷棚が融けるんじゃないかなと心配して、あまり休まないで初日は24時間歩いたんです。ちょっとだけ休んで、紅茶を作って。

そして小さな浜があったんですよ。小さな川が流れて、緑の谷間があって、ここはいいなと。氷の上じゃなくて砂利の上でテントを敷けたんですよね。そして皆で残りのサンドイッチを食べて、紅茶を飲んで、みんなもの凄い疲れてた。ラウダ先生が彼の学生に、「明日何を食べるんですか?」と聞いたら、学生が「あっ!」って顔をした。忘れた。食べ物を忘れた。一番の食いしん坊なのに。24時間、歩いて帰る?そうすると氷棚がどんどん融けるから、2〜3週間待たなくちゃ行けない。

だからラウダ先生が、「もうしょうがない、水があるから歩くんだ。」と。それで、皆が寝てから鉄砲背負って谷間に上がって、北極ウサギを獲りました。そしてキノコもあったからそれを採って、イヌイットがよく食べる根もあったから、それも持って帰って、流木があったので、それに火をつけて、平らな石の上でキノコと根と肉を焼きました。朝、皆が起きたら食べ物があったんですよね。あの時から僕はラウダ先生のヒーローになっちゃった。2日目は、私はいつもリュックサックの中に釣り糸と針を持ってたので、オコゼみたな魚を獲って、塩水で煮てそれを食べました。
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